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最高裁判所第三小法廷 昭和27年(オ)535号 判決 1956年3月13日

主文

原判決を破棄し本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人鍛治利一、同中村荘太郎の上告理由第一点について。

原判決は「被上告人は従前本件土地に借地権を有しており、その借地権は地上建物の強制疎開により一旦消滅したが、終戦後再び右借地権の回復を企画し、昭和二一年一一月六日罹災都市借地借家臨時処理法に基く借地を申出をしたこと、その後被上告人は上告人に対し将来回復すべき借地権を譲渡したが、本件土地の一部約六坪は右借地申出前すでに訴外大林秀光が使用していたので、被上告人は訴訟により右借地権の回復に努めその費用一切を上告人において負担すべき旨約したこと及び右訴外人は昭和二一年七月二日本件土地につき期間を二〇年とする普通建物所有を目的とする借地権を取得し、同地上に「大林建築用地」と書いた立札を立てて整地に着手した上木造ルーフイング葺バラツク一棟建坪約五坪の建物を建設所有していたこと」を認めた上、本件土地全部は被上告人の前示借地申出前すでに同訴外人においてこれを適法に使用していたもので、右借地申出によつて被上告人がその借地権を取得することは法律上不能であつたとし、本件当事者間の借地権譲渡契約は法律上不能な借地権の回復を条件としたものとして無効であると判示した。

しかし成立を求むべき甲八号証(検証調書)によれば、本件土地のうち、訴外大林秀光が建設したバラツクの敷地を除く約二六坪は建物疎開後残材を二尺ないし三尺の高さに累積したまま未使用の形で放置されているというのであり、同様に成立を是認すべき甲一二号証の三(点検調書)によつても右約二六坪は高さ約三尺の残土が累積しているというのであつて、これらによると右訴外人は必ずしも本件土地全部を使用しているものと認めることは出来ない。もちろん原判決のいうとおり前記処理法二条一項にいう「現に建物所有の目的で使用する」土地とは、現実に存在する建物の建坪に当る部分に限るべきでなく、同訴外人は本件土地全部につき借地権を取得しその上に五坪にせよ建物を建設したというのであるから、一応その土地全部を使用しているかのような観がないわけではないけれども、しかし同訴外人の建設した建物は前示のように僅か五坪のバラツクにすぎずしかも右甲八号証、同一二号証の三によればその建物は裏側と横側の約三分の一を板張りとし、西側は古戸を立てかけて板張りの用をなさしめ、柱には土台がなく、内部は約一坪が板を張つてあるほかは大体土間であつて人の居住しうる程度のものと見られないことはもちろん建物ともいえない程度の露店小屋にすぎず、同所は生魚配給所として使用されているというのであつて、この事実によるときは、右バラツクは単なる臨時応急的な設備に止まりその建設だけでは未だ契約に副う借地の使用を開始したものといいえないのではないかと疑えないことはないだけでなく、この点を暫く措くとしてもかかる建物の建設のみによつては他に特段の事情がない限り単にその敷地と見られる程度の土地を使用しているとはいいえても、その余の部分の土地については未だこれを使用していると見ることはできないのである。そして借地権者が一個の借地契約により一筆の土地を賃借した場合であつても、その一部につき適法な使用を開始していない限りこの部分については前示処理法二条一項にいう「建物所有の目的で使用する」といえないこともちろんであり、この部分についてはその利益がある限り同条による借地申出をなしうることは当然であるといわなければならない。

しかるに原判決は右の証拠については何等首肯せしむべき理由を示すことなく、単に本件土地に前示のような空地があるからといつて訴外大林秀光が借地権に基き建物所有の目的で本件土地全部を適法に使用していると認定するに妨げとならないと速断し、その使用によつて被上告人は本件土地全部について借地申出権を失つたから、本件当事者間に成立した前示借地権譲渡契約は不能の条件を付した無効の契約であると解し、これに基き上告人の本訴請求を排斥したのは、右処理法二条の法意を誤解したか審理不尽、理由不備の違法を犯したものというのほかなく破棄を免れない。

よつてその余の上告理由に対する判断を省略し民訴四〇七条に従い裁判官全員一致で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 本村善太郎 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 垂水克己)

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